かっぱのあしあと

風化と進化 


「あの日」から6年。
3月11日は忘れられない日、忘れてはいけない日
今日も朝から一日中震災特番の目白押しかと思いきや。
TVでは地震発生の14時46分を挟んでの1時間あまりの
「気の抜けたような」特番しかなかった。

過去の映像の羅列だったりと明らかな「手抜き」を感じた。
昨年まではそんなことはなかったと記憶しているが、
どういうわけだろう、今年は急に劣化した気がする。
このまま風化するのを待つかのようなあからさまな変化。
これは一体どういうことか、どうしようとしているのだろうか。

追悼式典には、昨年までの天皇皇后両陛下に代わり、
秋篠宮ご夫妻が参列され、お言葉を述べられました。
5年経ったことでのひとつの区切りとしての交代であったとか、
生前退位を控えてのご意向だったのではないかなどと
伝えられていますが、それならなぜ皇太子ご夫妻ではなかったのだろう。
(この式典は政府主催)

秋篠宮さまは、「特に、避難生活が長期化する中で、年々高齢化していく
被災者の健康や、放射線量が高いことによって、いまだ帰還の見通しが
立っていない地域の人々の気持ちを思うと深く心が痛みます。」
と遅々として進まない復興に対する皇室からのお言葉は毎年繰り返されます。

「あの日から6年」と、過去の出来事のように消し去りたいのか、
でも震災は過去のことではなく、「現在進行形」なのです。
今でも仮設住宅に住んだり避難生活を続ける人が大変多くいます。
瓦礫の処理は今だに終わらず、原発ではむしろ汚染水が増える一方です。
震災直後にあれほど急いで堤防を作ったけど、それよりもっと
住民のためにお金をかけるべきところがあったはずです。

おそらく永久に住んでいた場所へ戻れない人もいます。
おそらく原発の廃炉は100年経っても終わらないでしょう。
おそらくその100年の間にもっと大きな地震が起きるでしょう。
おそらくそうして日本は死に絶えてしまうでしょう。

この6年の時間は一体なんだったのか、日本はより安全で
安心して住み続けられる国になれたでしょうか。
日本に生まれてよかった、日本人でよかったと、
100年や200年先になっても思えるだろうか。
たった6年で消し去ろうとする記憶に学ぶことは無いのか。
人間は、日本人は、何度繰り返して歴史に愚かさを刻み続けるのか。

来年の今日、人々は何を思うのだろうか。
来年の今日は、今年より少しでもシアワセだろうか。
いつになったら震災を過去の出来事にできるのだろうか。
一日も早い本当の意味での復興を願います。



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折り返した 


7月1日
今年も半分過ぎました
あと半分しかないのか
それともまだ半分あるのか
一年が終わると言っても何もないけど
時間は作り出すことは出来ないし
時間をどう使うかは自由だけど
もう今更後悔するのは
やめにした


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おやすみなさい



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あろは~♪ 

暑いじゃんか!
病院を一歩出たとたんに熱中症で病院へ戻りそうだ^^;
なんだか正月休みにハワイへ行ってタラップを降りる瞬間みたいだ
(って正月にハワイへ行ったことはないけどね)
平日はごった返している病院のロビーも
土曜日なのでガラガラだしロータリーにもクルマの影かたちすらない。
タクシーもいないので電話で呼んだら20分も待ったぞ。

そんなこんなで6日間の合宿帰り。
忙しいような日もあれば、ひたすら何もしない日も。
スマホの画面が擦り減るかと思った。
投薬で長期間かける内科と比べると、外科は悪いところを
取ってしまいあとは傷の治りを待つだけなので
入院期間も短く回復活動も早くから始まります。

それでも消化器関係は体力にも響くので寝込んだ人が多いですね。
病院内は終始空調が効いているので、TVなどの「今日は暑いです」
といったコメントも全く実感が伝わりません。
だから病院を出たとたんに暑さを思い出した次第です。
しかもいきなり台風がそこまで来ていますしね。
被害のないことを祈ります。


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帰ってきたど~


手術自体は大変スムーズに、回復も至って順調でした。
まだお腹には4箇所の穴の跡に絆創膏が貼ってありますが、
それも自然に剥がれるまで放置です。
一番大きな穴を開けたヘソだけは、力を入れるとまだ痛みます。
それでも臓器が一個無くなったような実感も無く、回復は早そうです。

夏の入院は初めてではなく、最近も3月に一週間ほど
同じ病院へ入院したため用意周到怠りありません。
何より、突然の発病での救急入院でもないので尚更でした。
真新しい病院ではないけど(平成7年現在地へ移転)、
看護師さんや先生方も親切で割合快適に過ごせました。

今後は傷の治り具合を見ながら徐々に運動を始め、
食事も若干量を控えれば内容的にもそれほど問題ないそうです。
昨年の発作以来、食事などにも気をつけるようにしていますが、
胆石は肝臓が関わる病気でもあるため引き続き体調管理が必要になります。
美味しいものの多くは、食べ過ぎると体に悪影響を及ぼします。
どんなものでもほどほどに、ちょっと足りないぐらいがちょうどいいです。


今日から明日にかけて台風が接近します。
せっかくの退院ですが、活動は来週以降になりそうです。
あるいは未公開画像でお茶を濁すかもしれませんが
よろしくお付き合いいただければ幸いです。
ご心配いただいた皆さまには心から感謝申し上げます。

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鳥目線で 

手術も無事終わり、順調に回復しています。
入院当日は何もすることがなく準備と説明と剃毛だけでした。

二日目、朝から手術なので早朝にシャワーの後すぐに手術室へ。
予備知識も事前の説明も十分だったので特に緊張とかもありません。
手術室に入ると、代わる代わる担当医の挨拶。
手術台に寝てからも執刀医らが顔を覗き込んで挨拶です。

非常に手際よく検査機器などが付けられ、
まもなく点滴から麻酔が入ると、天井の景色がスロットマシンのように
グルグル回り始めて眠りにつきます。
ほどなく目が覚めると手術台からベッドへ移され術後個室へ。

体には酸素マスク、心電図、血中酸素計、点滴と尿道カテーテル、
そして足の血栓を防ぐマッサージ器が付けられて身動きが取れません。
この状態が30時間ほど続く間がもっとも辛いところ。

三日目の朝までこの状態が続きます。
手術した場所は麻酔が効いて痛くはないのですが、
ずっと同じ姿勢なので腰が痛くなってきます。
ベッドを少しだけ起こしてもらってちょっと楽になりました。

昼前の回診でいきなり絆創膏がはずされ傷口が露出します。
体に付けられていた機器がようやく外されてスッキリ!
立って歩く訓練ができればトイレにも自分で行けて楽です。
早くも昼食が始まり、夕食には通常の食事と同じものが出ます。
もうこの後は普段と変わらない状態で、非常に快適です。

ヘソの傷口は痛むものの、徐々に内出血も収まるそうです。
あと数日の経過観察で退院できそうです。
入院後もごらんいただいた皆様、拍手コメントなどをただいた
皆様にもご心配おかけしましたが、いたって順調で早期に復帰できそうです。


病室は最上階の8階で、駿河湾まで見通せる高台にあります。
見える景色は空模様以外はまったく変化がなく、
時々眼下で車や人が動いていたり、遠くを新幹線が横切るぐらい。
でも時間とともに暗くなると、家々に灯りが灯っていきます。

いつもは地面に這いつくばるように暮らしているので、
こんな高い場所から人々の暮らしを眺めることはありません。
でも目の前の一つ一つの屋根の下やマンションの窓の向こうに
それぞれの生活や人生が息づいているかと思うと、
鳥目線での眺めも悪くないなと思います。

今夜は地元の花火大会。
病院からも見えそうですが、少ない窓に患者が殺到しちゃうかな。
病室にいると外の暑さがわかりません。
皆さんも暴飲暴食を控え、どうかご自愛ください。

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この道 

今日で三年経ちました。
朝から震災関連の報道番組がずっと続いています。
そこに映し出される被災地の光景は、三年前とほとんど変わっていません。
死者1万5884人、行方不明者2633人(警視庁)、3年も経ったのに
今だに26万7千人が避難生活を余儀なくされています。

震災直後には世界から日本に対して賞賛の声がありました。
これほどの大きな災害に直面しながらも騒乱を起こすことなく、
多くの義捐金やボランティアが被災地に送られました。
「がんばろう日本!」のメッセージが響き渡りました。


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しかしどうでしょう。
三年も経ったのに、住んだ家を追われたまま帰れない人がこんなにいる。
再び元の生活を取り戻せない人がこんなにいる。
二度と帰ることすらできない人もたくさんいる。
なのに原発再稼動は推し進めようとする。

三年も経ったのに皆が悲しんでいる、困っている。
あの世界からの賞賛はなんだったのか。
今や世界の笑いものじゃないか。

今年の追悼式典での天皇陛下のお言葉です。

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本日、東日本大震災から三周年を迎え、ここに一同とともに
震災によって失われた人々とその遺族に対し改めて、深く哀悼の意を表します。

三年前の今日、東日本を襲った巨大地震とそれに伴う津波は
二万人を超す死者、行方不明者を生じました。
今なお、多くの被災者が被災地で、また、避難先で困難な暮らしを続けています。

さらに、この震災により、原子力発電所の事故が発生し、
放射能汚染地域の立ち入りが制限されているため、
多くの人々が住み慣れた地域から離れることを余儀なくされています。
いまだに、自らの家に帰還する見通しが立っていない人々が多いことを思うと、心が痛みます。

この三年間、被災地においては人々が厳しい状況の中、お互いの絆を大切にしつつ、
幾多の困難を乗り越え、復興に向けて懸命に努力を続けてきました。
また、国内外の人々がこうした努力を支援するため、
引き続き、様々な形で尽力していることを心強く思っています。

被災した人々の上には、今も様々な苦労があることと察しています。
この人々の健康が守られ、どうか、希望を失うことなく、これからを過ごしていかれるよう、
永きにわたって国民皆が心をひとつにして寄り添っていくことが大切と思います。
そして、この大震災の記憶を決して忘れることなく子孫に伝え、防災に対する心がけを育み、
安全な国土を築くことを目指して、進んでいくことを期待しています。
被災地に一日も早く、安らかな日々が戻ることを一同と共に願い、御霊への追悼の言葉と致します。

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一昨年のお言葉昨年のお言葉でも同じように語られた文言があります。
それは国民皆が被災地に心を寄せて被災者の状況が良くなることです。
被災地だけの努力では一向に改善できるものではないで、
たゆみなく日本中の人々が心も力も被災者のために注いで欲しいと期待されています。

私たちは陛下のご期待に応えることができたでしょうか。
世界中の人々の注目に応えることができたでしょうか。
被災者の悲しみや苦労を少しでも和らげることができたでしょうか。

私たちは原発再稼動に対しても感覚が麻痺しつつあります。
原発を推進する政党を選び、都知事選でも反原発候補を退けました。
ちなみに安倍首相の式辞で「原発事故」に触れたのはほんの一言だけです。
原発事故さえなければとっくに家に帰って生活を取り戻せたはずです。
原発に頼らない生活に注力すべきなのに再び愚かな道に戻りつつあります。

四年経っても、五年経っても同じ状況が続くのでしょうか。
こうしている間にも南海トラフの巨大地震の可能性が高まっています。
震災の日、TVに映り続ける津波警報や被災地の映像を見ながら、
被災地を差し置いて「今静岡で地震が起きたらどうなるんだろう」
なんてことを考えていた自分が恥ずかしいです。

でも東北の教訓を活かさなければ犠牲者の皆さんに向ける顔もありません。
一日も早い復興を祈りつつも、自分に降りかかった時の備えを
しっかりと行うこと、そして再び悲劇を繰り返さないことが必要です。


あらためて多くの失われた御霊に哀悼の意を捧げます。
そして一日も早い復興をお祈りします。

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